パルスデーモン 樋口恭介
ノイズを聴いている。
メルツバウのパルスデーモン。
とびっきりのやつだ。
俺はノイズが好きだ。大好きだ。何よりも好きだ。俺は最大音量でノイズを聴く。音楽はいらない。ノイズだけがあればいい。三度の飯よりノイズが好きだ。女もいらない、眠りもいらない。ノイズだけがあればいい。
メルツバウは最高だ。パルスデーモンは至高のアルバムだ。これ以上のノイズはない。あるはずがない。パルスデーモンを聴いているとき、俺は最も自由を感じる。あらゆるものから解放されたように感じる。現実に支配されていた俺の世界が、パルスによって書き換えられていくのを感じる。それは特別な時間だ。そのとき俺はパルスデーモンに支配される。そのとき俺は自分が強くなったように感じる。そう、パルスデーモンを聴くとき、俺はパルスデーモンになるのだ。
俺は今、何も食わず何日も眠らず、ひたすらパルスデーモンを聴き続けている。ヘッドフォンをして、爆音で、エンドレスで。俺はパルスデーモンを聴きながら街を歩いている。想像の中で、音の塊で街の全てを破壊してまわっている。
パルスがガードレールをねじまげる。
パルスがコンビニを吹き飛ばす。
パルスがオフィスビルに風穴を開ける。
あとには音の塊だけが残される。
俺はそれを繰り返す。
そして俺は気づいた。俺はパルスデーモンで、俺の見る世界はパルスデーモンそのものになっていることを。パルスデーモンである俺が、世界を書き換えていることを。
そう、俺はパルスデーモンだ。
俺の手はパルスデーモン。
俺の耳はパルスデーモン。
俺の口はパルスデーモン。
俺の眼はパルスデーモンだ。
パルスデーモン。
俺の全て。
それは、全てを破壊する巨大な波。
白と黒が交差する、無数の音の光線。
それが、俺の世界の全てだ。
樋口恭介
SF作家。『構造素子』で第五回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞